怖いもの見たさで夢豚が花嫁会に参加した話

「ねえ、みんなのプロポーズのシチュエーションは?端から順番に聞いてくよ〜!!」


 この花嫁会の幹事であるボス花嫁は、嬉々とした表情で声を弾ませる。色めき立つプレ花嫁たちの歓声を聞きながら、わたしは前歯に挟まったマルゲリータモッツァレラチーズをどうにか舌で取れないだろうかと悪戦苦闘していた。


 プロポーズをされ、挙式を控えた女のことをプレ花嫁と呼ぶらしい。そして挙式後の女のことを卒花嫁と呼ぶらしい。更にはInstagramでウエディング準備期間用にわざわざ別のアカウントを作るのが流行っているらしい。その何とも贅沢で限定されすぎている流行りを知ったのは、挙式を控えた友人AのInstagramを偶然にも見つけてしまったことがきっかけである。


 #プレ花嫁 #全国のプレ花嫁さんとつながりたい #marry花嫁 #ドレス難民 きらびやかなタグをこれでもかと付けたその投稿はとてもキラキラしていた。いいねは50件以上。コメントは16件もある。思わず覗き見た。


 「フォローありがとうございます!わたしも同じ会場です!」「ドレス素敵です〜!迷いますよね」「何でも似合うよ〜!」これでもかと言うほどの賛辞の数々である。女子力の高さを見せつけられながら、わたしはそっとInstagramを閉じた。


 このように同じ時期に挙式を控えたプレ花嫁たちや、同じ会場で挙式を控えたプレ花嫁たちはお互いを鼓舞しあいつつ情報共有をしているらしい。更にはSNS上だけでなく、オフ会のようなことをしているらしい。プレ花嫁が集う花嫁会。直接会って情報共有を行うらしい。恐ろしい世界だと思った。


 そんなわたしがまさか花嫁会に参加することになるとは。わたしの趣味は弱虫ペダルの荒北靖友氏とのコラ画像を作ることであり、二次元には彼氏が少なく見積もって常時5人はいる。いまの彼氏はハイキューの黒尾鉄朗くんというキラキラしたプレ花嫁様たちとはかけ離れた女であるが、所縁あって三次元の殿方にもらっていただくことが決まった。ありがたい。ちなみに旦那様にはハイキューを毎週録画することも言ってないし、ミュージカルテニスの王子様を見るために遠征することも言ってない。だけどどうにかなると思っている。考えが甘い。


 わたしのプロフィールは置いておいて、とりあえずプロポーズをされたその日に花嫁アカウントとやらをInstagramに作ってみた。オタクだって浮れるのだ。とりあえず #プレ花嫁でタグ検索を行う。片っ端からフォローしていく。挙式会場が決まったので、とりあえず同じ挙式会場の#プレ花嫁 #卒花嫁 をフォローしていく。猿でもできる作業である。


 猿でもできる作業を行ったあとはゴマをする作業に入る。「同じ式場です!仲良くしてください!」「素敵です!いろいろ教えてください〜!」事実もあるが大げさでもある。そもそも物事の本質は写真ではすべてわからない。どれだけドレスが素晴らしくとも、写真ではその豪華さの全てが伝わるはずがない。手のひらが擦り切れるくらいにゴマをすっていくと、同じ会場で挙式予定でありプレ花嫁であることに全てをかけていると思われる、あるプレ花嫁と仲良くなった。その人はすごく人間的にも素晴らしい人であるし、面倒見も良く誰もが付いていきたいと思われるカリスマ性を持つ、プレ花嫁会の跡部景吾のような人である。冒頭でボス花嫁と呼んでいるその人である。


 きっかけは単純だった。ボス花嫁がInstagramで「同じ式場の方限定で花嫁会やりまーす!参加予定の方はコメントください!」と投稿したのだ。その方は200人以上のフォロワーを持ち慕われている。まさに氷帝学園テニス部である。我々テニス部員は我先にとコメントする。「参加したいです〜!」「参加します!」きらびやかな彼女たちのプライベートがいかに充実しているかどうかは、アイコンを見れば一目瞭然である。わたしはそれに気後れしながらも、怖いもの見たさでコメントをする。「わたしも参加したいです!」こうして総勢8名で花嫁会は開かれることとなった。


「じゃあ、自己紹介から!名前と挙式日と、式のテーマをお願いします!」


 式のテーマとはいったい。そう考え白目をむくわたしの斜め前でボス花嫁は楽しそうに口を開く。「わたしのテーマは青です!青が好きなので…」わたしはその言葉に「わかるわかる!氷帝カラーだもんね〜!」と言いたいのを飲み込み、「素敵〜!サムシングブルーとかいうもんね!」と相槌を打つ。自己紹介はつつがなく終わる。わたしはテーマなんて考えてないのでニコニコしていた。何も考えてないよ。もう氷帝カラーでいい。しかしテーマなんてものは序の口だった。


「みんなの指輪が見たい!どこの??」「わたしはカルティエ〜」「ティファニーだよ〜」


「わたしの旦那は公務員なんだ〜!」「安定してるね〜!!いいな〜!」


「いまの段階で、見積もりいくらになった??」「わたしは350くらい…」「わたしは400いくかも…」「けど100万引いてもらったよ」


 完全に勉強不足なわたしは目が点になった。式場見学の時に見積もりは出してもらい、概算はなんとなく覚えているが何にどれだけのお金を払うかなんて明細を見ないとわからない。自分の意識の低さを痛感した瞬間であった。そして金の話がやたら多い。なんだかんだ一番盛り上がったのは金の話であった。女とは恐ろしい。


「ドレス高いよね?いくらの着る?」「40万かな」「わたしは桂由美さんのだから…」「わたしはジル〜」


 会話の中で、どんどんカーストが決まってゆく。花嫁会のカースト制度は、どうやら式にどれだけお金をかけるか、式がどれだけ早いか、そして式にどれだけ熱意を注いでいるかで決まるようであった。どれも最低のわたしはカーストの底辺である。とりあえずわけわかんねーし肩身が狭いけどつぶやいておく。「素敵〜!!わたし、まだまだ何も決まってない〜!!」正直決める暇があったらソウルソサエティ浦原喜助の帰りを100年待ちたい。世間体がなかったらきっと100年待ってた。現実は世知辛い


 三杯目のホットウーロンが冷めきった頃、漸くお開きとなった。わたしはというと全く式のことを考えていない点と、前歯に挟まったマルゲリータのチーズがまだ取れない点に対して焦っていた。ボス花嫁は式が一番遅いわたしに近づき、優しく肩をたたく。そして呟いた。


「まだまだこれからだね。応援してるよ!」


 お前なりの氷帝コールを見つけてみろと激励を受けたわたしは、金曜の夜の繁華街の喧騒を氷帝コールだと思い込みながら頷く。


 わたしがもしも弱虫ペダルの荒北靖友くんと結婚するとしたならば、彼女たちのようなキラキラしたプレ花嫁であれたのだろうか。いやきっとわたしはずっとわたしのままで、荒北靖友くんと結婚するとしても歯に挟まったチーズを気にしているに違いない。違いないのだ。


※わたしの参加した花嫁会の印象となりますので、全ての花嫁会に当てはまるものではないと捉えていただけると幸いです。